根ワークショップ(金谷) 発表要旨 1999.11.19
この要旨の出典:
谷本英一・松尾喜義・本間知夫・Alexander Lux・Miroslava Luxova 1999. 根の生長と細胞壁粘弾性変化--チャの根の場合.
根の研究 8(4):*.
茎や根の伸長生長を最終的に制御するのは細胞壁の伸展性であると考えられている。近年筆者らは,クリープ粘弾性計測法によりエンドウの根を用いて細胞壁の伸展性を物理学的な粘弾性パラメータとして表現する方法を確立した。根の細胞壁の伸展性研究はエンドウやトウモロコシ・イネなど草本植物の柔らかい根の研究が多く,木本植物の研究は少ない。今回我々は,木本植物である茶の白色根について,根端部の組織形態と細胞壁の伸展性の研究を開始した。本発表では,植物ホルモン・ジベレリンによる根の生長制御と形態制御に伴う細胞壁粘弾性の変化を計測し,根の生長と細胞壁の関係を物理学的に調査した。また,酸性pHに対するチャの根の細胞壁の反応をエンドウ等と比較した結果もあわせて報告する。
本研究の目的は,木本植物の根に関する知見を得ることのほかに,酸性条件でもよく生長する茶の根の細胞壁が酸性pH下でどのような粘弾性を示すかを計測し,根の細胞壁のpH応答性の仕組みを明らかにすることである。さらに,植物ホルモン・ジベレリンはエンドウなどの草本植物の根の伸長と形態構築に重要な役割を果たしていることが分かっているので,チャの根についてもジベレリンの役割を検討した。これらの研究のために,NK式循環水耕槽を用いた水耕栽培法を確立し,蛍光灯下で数カ月にわたってチャの挿し木苗を栽培し,根の生長を観察・採取するシステムを構築した。循環式水耕法は,従来のエアバブル式の水耕法より安定した苗の育成ができた。
植物材料
97年6月と98年6月に挿し木から不定根を誘導し,小西の水耕培地で約一ヶ月栽培し,発生した白色根の先端部10mmを切除し,定法により顕微鏡標本および細胞壁伸展性解析用試料を作成した。また,ジベレリン合成阻害剤としてAncymidol
3uM, およびGA3 1uMで根を10日間処理した。10日後,根端部10mmを採取しメタノール固定して細胞壁粘弾性を計測した。
細胞壁の伸展性計測に当たっては出来るだけ根端部に近い部分を計測するため1-4mmの部分を計測した。根の切片一本毎に1-4mmの先端部と基部の直径を計測し,その平均直径を求めた後,酸面積を計算した。荷重は根の断面積mm2当たり10gの荷重で計測した。
細胞壁の粘弾性計測と伸展性計測は,山電製クリープメータRE2-33005を用いた。粘弾性解析は,Kelvin-Voigt-Bergerの6要素モデルを用いた。
結果と考察
根端部組織構造には特異な構造は認められなかったがエンドウなどと比べて根端部伸長帯の細胞長の勾配が急で若い伸長帯が短いことが観察された。
メタノール固定後の細胞壁を,pH6の緩衝液中で細胞壁の伸展性を計測し,pHを4〜3に低下させたときの細胞壁の反応を計測したところ,伸展性に大きな変化は観察されなかった。エンドウやトウモロコシでは,同じ条件で大きな伸展性増加が認められ,酸性pH条件での細胞壁粘弾性の変化は,粘性率の低下が大きな要因であることが判明しているが,茶の根では,これらとは異なる結果が得られた。酸性pHに対
する反応性の違いが,何に起因するのかはまだ不明であるが,実験試料調製条件を含めた検討が必要と考えている。しかし,茶の根は,水耕栽培で酸性pH下でよく生長するので,酸性を嫌うエンドウなどの根と対比しながら酸性環境への細胞壁の反応機構を考えることは興味深い。
続いて,ジベレリンの効果を調べるために,Control, Ancymidol, GA3, Ancymidol+GA3の4種の処理区から根を採取しそれらの細胞壁の粘弾性を比較した。6種の粘弾性係数のうち,弾性率E0
と粘性係数h0が最も大きく変化した。Ancymidolによって2つのパラメータが40〜50%増加し,伸展性が減少することが分かった。GA3は単独でこれらのパラメータを60%程度に低下させた。さらに,Ancymidol+GA3処理では,ほぼGA3単独処理と同じ値を示した。
この結果は,エンドウなどで見つかっているジベレリンおよびアンシミドールの効果とほぼ一致する結果であった。そのたの係数E1,
E2, h1, h2については,Ancymidol 単独ではほとんど効果がなかったが,GA3単独処理とAncymidol+GA3処理ではすべての値が減少し,細胞壁が伸びやすくなっていることを示した。
以上の結果から,ジベレリンはチャの白色根に対してエンドウなどの草本植物とほとんど同じ役割を果たしていることが細胞壁粘弾性の係数の挙動からも明らかになった。
しかし,酸性pHに対する反応が異なるため,酸生長に関与するExpansinやカルシウム架橋に関与するペクチンの役割を検討する必要性が生じた。今後,酸性pHおよびアルミニウムに対して強い耐性を示すチャの根の特徴を細胞壁の特徴から解析できることを期待している。
謝辞: 本研究の一部は鳥取大学乾燥地研究センターで行われた。同センターの稲永忍博士に感謝します。また,いろいろお手伝いいただいた塚本圭子さんに感謝します。同センターで研究中,討議に加わっていただいた森田茂紀先生と阿部淳先生に感謝します。