この要旨の出典:
坂本有加.1999. 養液栽培における湿気中根の機能. 根の研究 8(4):*.
1.はじめに
養液栽培条件下で形成される根に関して、山崎(1982)は、湿気中の根は根毛が良く発達し、好適温度範囲幅も水中根あるいは土中根より広く、また根圏有用微生物による植物病原菌の抑制が行われるなどの利点があるとしている。また、位田(1953)は、切断根の呼吸速度を水中と湿気中で測定し、湿気中の根は水中の根より酸素吸収速度が2〜3倍高いことを報告している。しかし、その後の具体的なデータ蓄積は少なく、湿気中根の有利性には不明な部分が多い。
2. 湿気中根の機能
(1)湿気中根が形成される養液栽培方式
保水性に優れたシートや防根透水シートなどを利用して、湿気中根を発達させる毛管水耕方式の養液栽培装置の開発が盛んである。著者らはこうした方式を、保水性の高いシートを培地とした固形培地耕の一種と考え、「保水シート耕」と呼んでいる。
(2)根圏温度と根の活性
保水シート耕と湛液水耕でトマトを栽培し、湿気中根と水中根の温度反応性を検討した。人工気象室を利用して地上部と地下部の温度を15℃、25℃、35℃の3段階に設定し、生長速度と根の呼吸速度を比較した。25℃では両方式のトマトの生育に差異は見られなかったが、15℃及び35℃では湛液水耕より保水シート耕で旺盛な生育を示した。
一方、根の個体当り呼吸量は25℃では湛液水耕で大きかったが、15℃及び35℃ではいずれも湛液水耕より保水シート耕で大きな値を示した。これは、保水シート耕で、15℃では根の乾物重が大きく、35℃では根乾物重と呼吸速度の両方が大きかったことによる。したがって、湿気中の根は高温あるいは低温耐性が大きく、保水シート耕による栽培は周年的な安定生産につながる可能性が示唆された。
(3)適応作物の検索
数種野菜の春作及び夏作において、保水シート耕と湛液水耕で生育比較を行った。コマツナ及びトマトは両作期ともに保水シート耕で旺盛な生育を示した。春作では湛液水耕における生育が保水シート耕よりも大きかったキュウリ、サラダナ、ホウレンソウでも、夏作では保水シート耕が優っていた。作期により生育反応に違いが見られるのは、(2)で述べたように温度の影響が大きいと考えられる。また、作物による生育反応の差は、酸素要求性や耐湿性などの根の生理的特性の違いによるものと考えられる。
(4)湿気中根の適正な比率
植物体のすべての根系を保水シート上に配置すると、水ストレスのかかり過ぎによる生育抑制が生じやすい。そこで、根系中における湿気中根の比率の適正値を求めるため、保水シート上に配置する根の割合を0%から100%まで5段階に変えてトマトを一段栽培し、生育及び収量・品質に及ぼす影響を調べた。
シート部比率が50%から75%のとき、トマト地上部の生育は旺盛となり、収量も多かった。また、シート部比率が大きいほど根重は大きくなった。根の呼吸活性は湿気中根と水中根の両方の存在によって高まり、どちらか一方のみでは低くなった。したがって、根系の一部を空気中に出すことで、液中の溶存酸素濃度の低下による呼吸抑制を回避でき、生育の安定化を図ることができると考えられる。